函館に行って参ります。そうですよ、箱館五稜郭祭っ!結局、行く事にしました。最後のチャンスかもと思ったら、行かずにはいられませんでしたよ。お友達(昨年夏の京都マニアックツアーの同行者)と一緒にはるばる北の地へ。お天気が心配ですが、楽しんできたいと思います☆
体調もだいぶ良くなってきました。進路に関しては全ての結論が出た時にお話ししたいと思います。
函館に行って参ります。そうですよ、箱館五稜郭祭っ!結局、行く事にしました。最後のチャンスかもと思ったら、行かずにはいられませんでしたよ。お友達(昨年夏の京都マニアックツアーの同行者)と一緒にはるばる北の地へ。お天気が心配ですが、楽しんできたいと思います☆
体調もだいぶ良くなってきました。進路に関しては全ての結論が出た時にお話ししたいと思います。
さて、続きです~。
二日目は会津西街道を北上。
会津田島を通過し、最初に訪れたのは塔のへつりでした。百万年という時間をかけて、浸食・風化によって作り出された奇岩群です。今までに見たことのない風景でした。自然の力って凄いですよね。
その後、大内宿へ。

景観保存地区に指定されており、江戸時代の町並みがそのまま残っています。舗装されていない道路がまた味があっていいんですよね。町並みは残してあっても道路はコンクリートってところ結構あるじゃないですか。ここ大内宿は道路も当時を偲ばせる未舗装のまま。旅人達が歩いたんだろうな、そういう想像のなんとし易いことか。土方さんも宇都宮で怪我をして会津へ下る際、ここを通ったそうです。この大内宿、かなり山の中にありまして。こんな場所を怪我をしたまま通っていたかと思うとなんかもう・・・。
大内宿を出発した後は、会津若松を越え裏磐梯へ。今日の宿泊先に向かいました。宿のすぐ近くに五色沼があったので、夕暮れ時でしたがチラリと立ち寄って、宿入り。その後、すぐに檜原湖へ夕焼けを見に行きました。

湖面の色が綺麗だったなぁ。
最終日、三日目に突入。幕末的にはメインでしたね。(笑)
宿を出て、まずは磐梯吾妻レークラインを走ります。檜原湖・小野川湖・秋元湖の三つの湖が見えるという景勝道路(でいいんですよね?)。それを通過し、次に入ったのは母成グリーンライン。
さあ、分かった人!そうです、今回私がどうしても連れてってくれと頼み込んだのは、あの母成峠古戦場跡でした。以前、会津若松の幕末関連史跡巡り一人旅というのをやったことはあるのですが、母成峠は車がないと行けないので訪問かなわず。今回、ようやく訪れることが出来ました。
中ノ沢温泉側からグリーンラインに入り、あっという間に峠に到着。古戦場跡の碑の前に、その手前にある鬱蒼とした林の中へ。ここに、東軍殉難者埋葬地があります。

昭和53年までその場所は分からないままであったと言います。こんな山奥では見つからなかったというのも分かる気がします。冬は雪深く、夏でも鬱蒼と林に覆われているのですから。当時、東軍の戦死者の遺体を埋葬することどころか、動かすことさえ禁じられていました。上野の彰義隊といい、白虎隊の少年達といい、敗者に対する措置はなんと厳しいことだろうか、といつも思います。今現在、埋葬地の隣には慰霊碑が建ち、その裏には東軍側の戦死者の名前が刻まれています。会津藩38人、二本松藩6人、唐津藩6人、そして新選組6人。ささやかに手を合わせてきました。
そして、母成峠古戦場跡の碑へ。

東軍・西軍両方の名前が一つの碑に刻まれているのが、戊辰関係の碑にしては珍しいなと思います。見晴らしの良い展望台に堂々と建つ碑は、ここで戦いが確かにあったことを、そしてそれを忘れまいとしてくれている人たちがいることを教えてくれました。
さて、その後は会津若松市内へ。どこか行きたいところはないのかと言うので、白虎隊記念館へ連れて行ってもらいました。こちらは二回目。ついこの間、京都の霊山歴史館へ行きましたが、あちらが倒幕側の幕末なら、ここは佐幕側の幕末。もちろん、どちらにも幕末全般の史料があるのですが、私の中での印象はそんな感じ。前回と同じように大鳥圭介の書に貼り付いたのは言うまでもありません。(笑)
その後お昼ご飯を食べて、お土産を購入し、帰路につきました。今年の家族旅行も本当に楽しかったです。毎年ありがとう。
家族旅行から帰ってきました!
いやーもう、幕末ズキとしても大満足(だからカテゴリーがHistory)ですよ!お父さん、お母さんありがとう!
早朝に出発し、一日目は日光へ向かいました。
まず初めに鬼怒川ライン下り初体験。えっと・・・こういうの大好きです、私。(笑) 川の水量は少な目。この時期は水が非常に少なく、実施出来ない日もあるとか。というわけで、船の底がしばしば川床に当たっていましたが(汗)、とっても気持ちよかった!決してスピードがあるわけではないけれど、風が涼しくて。40分ほどの川下りを満喫。
川下り終了後、迎えのバス乗り場までの山道にて思わぬ出会い。林の中の立て看板に見慣れた名前が!

見えますか?以下7~9行目抜粋:
「ところが陣屋は戊辰戦争の為、大鳥圭介と土方新選組によって焼失される」
大鳥さんの名前が堂々と!(やってることはアレだが) そして、土方新選組って表記がものすごく微妙な気がするのは私だけですか!
その後、今市(に思わず反応したのは言うまでもない)へ一旦戻り、日光東照宮へ。小さい頃に一度来たことがあるようなのですが、その記憶が全くないため、初めてみたいなものでした。いやー、しかしなんとも煌びやか!さすが家康公だな、うん。ああ、家康公のお墓まで行きましたよ、もちろん。あの階段の長さに思わずロンドンのセント・ポール大聖堂を思い出しました。(懐) しかし、東照宮はちょっと金に走りすぎじゃないだろうか・・・拝殿の説明の最後にあからさまなお守りの宣伝とか、ガックリでした、正直。世界遺産なのに。
この日は東照宮のすぐそばにあるホテルに泊まりました。
ここでサプライズ。この日は私の21歳の誕生日だったのですが、宿のオーナーがお祝いをしてくれたのです。夕飯時に「Happy Birthday」のBGMが流れ、出てきたデザートのケーキには蝋燭。そして、誕生日プレゼントまで!こんな風にお祝いしてもらったことなんてなかったから、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。
二日目以降はまた後ほど!
三泊五日の京都旅行という名の【新選組・幕末史跡ツアーin京都】から帰ってきました。もうめっちゃ楽しかった!(笑) マニアックも良いところ。
良い出会いもたくさんあった、本当に充実した濃い5日間でした。また詳しい話は追々していきたいなと。街中にある彼らの足跡。幕末は決して遠い過去の話ではない、そんな感覚に襲われました。そして、歴史を見つめる時に多角的な視点というのは本当に重要だということを改めて認識。実際にそれを持つことは非常に難しいのですけどね。
ようやく見ることが出来ました。
本当は帰国してすぐに見るつもりでいたのです。しかし、いざ見ようとするとなかなか踏み切れなくて・・・見るために覚悟が必要だったから。大袈裟な表現かもしれませんが、それぐらい大きな物だったのです。
私は、蝦夷共和国や蝦夷新選組に対してはこだわりに近い個人的なイメージを持っています。それとぴったり合ったかというと決してそうではない。そういう側面から言ったら、実は納得出来ない点もあるんですが、今回はそのこだわりは脇に置いておきますね。
「新選組!」の続編として、素晴らしい作品でした。もう一度見るためにはまた腰を据えなければならないけれど。それぐらい色々な意味で重いな、私の中では。
「最期の一日」。時間としてはあまりにも短いけれど、本当に濃密な一日でした。近藤死後の土方の行き方が垣間見える作りになっていたのが印象的でした。「新選組!」を動かしていた試衛館組と斎藤一。その頃の仲間が誰一人いない中でここまでやって来た土方歳三。彼の孤独感というのは、このドラマでは絶対不可欠な物だったのでしょうね。だから「ひとりぼっち」だと呟き、かつての仲間達に思いを馳せる土方が描かれ、試衛館の食卓の風景が心に訴えかけてくる。
そんな土方に新たな想いを持たせた榎本武揚。
土方と榎本。初めは異なった場所にいる二人の男が心を通い合わせていく様が非常に素晴らしかった。
片岡さんの演じる榎本が、本当に良かったんですよ。小気味良い江戸弁、恥ずかしがることなく夢を語るその視線。一見掴み所のないように見える男の熱い想い。土方とのやりとりの中に見え隠れする大将の器。ああ、本当に魅力的な榎本武揚だった。
大鳥さんは、最後の慟哭シーンが本当に感動的でした。作戦のために作り上げたジオラマを全て壊してまでの迸る激情。ようやく分かり合えた矢先の訃報に対するその反応は、土方を一人の男として認めていた大鳥さんの想いの裏付けのように感じられました。
物語の至る所で効いていた永井様の存在。「そんなことで怒る男じゃないだろう」は最高に泣けました。
そして、土方歳三。
彼の物語がようやくここで幕を下ろしたのだと思うと感慨深いものがあります。至る所で山南さんを認めていたのが本当に印象的でした。あれだけ対立していた、でも心の中では必要としていた存在。この土方さんにとって山南さんはそういう存在だったんだ、改めて確認出来たことが嬉しかったなぁ。
降伏に納得出来ずに榎本さんにつっかかる。しかし、その後の会話の中で新たな生きる希望を見出していく・・・「死ぬため」から「生きるため」に。その土方の心境の変化が分かりやすく描かれていましたよね。出陣の時、榎本さんに別れを告げる時の真っ直ぐな表情が目に焼き付いて離れません。とてもいい顔をしていた、ね。
最後、市村が広い草原を駆けていく。それは物語が未だに続いていくことを暗示させるかのようでした。
良い作品でした。これを作り上げてくれた全ての人々にありがとう。