家族旅行から帰ってきて、百貨店で京都物産展のバイトに励んでおりました。入った業者さんが本当に優しい方でとても楽しかった!業者さんのお仲間さんにも可愛がってもらえて(笑)、お土産いっぱい頂いたりもしてました。(・・・)
来週に引っ越しを控え、荷造りの日々。大半は完了しましたが。今回は物を持っていかないことを最大の目標にしています(笑)が、いざやってみるとやっぱり多くなってしまうなぁ。一年間留学してみて、「物は最低限でいい」いう結論に達したからなのですが。スーツケース一個と段ボール一箱で生活を始めた一年前が懐かしいです。今回は絶対シンプルな部屋に!(決意)
東京に戻ったらすぐに学校が始まり、また忙しい日々がやってきます。それでも、勉強したいことが明確になってきた今は大学の授業も楽しみ。大学の仲間にも早く会いたいし、サークルにも復帰しなくちゃ。刺激的な日々が送れるような自分でありたいと思います。
あと一週間、のんびりした時間を楽しもう。
さて、続きです~。
二日目は会津西街道を北上。
会津田島を通過し、最初に訪れたのは塔のへつりでした。百万年という時間をかけて、浸食・風化によって作り出された奇岩群です。今までに見たことのない風景でした。自然の力って凄いですよね。
その後、大内宿へ。

景観保存地区に指定されており、江戸時代の町並みがそのまま残っています。舗装されていない道路がまた味があっていいんですよね。町並みは残してあっても道路はコンクリートってところ結構あるじゃないですか。ここ大内宿は道路も当時を偲ばせる未舗装のまま。旅人達が歩いたんだろうな、そういう想像のなんとし易いことか。土方さんも宇都宮で怪我をして会津へ下る際、ここを通ったそうです。この大内宿、かなり山の中にありまして。こんな場所を怪我をしたまま通っていたかと思うとなんかもう・・・。
大内宿を出発した後は、会津若松を越え裏磐梯へ。今日の宿泊先に向かいました。宿のすぐ近くに五色沼があったので、夕暮れ時でしたがチラリと立ち寄って、宿入り。その後、すぐに檜原湖へ夕焼けを見に行きました。

湖面の色が綺麗だったなぁ。
最終日、三日目に突入。幕末的にはメインでしたね。(笑)
宿を出て、まずは磐梯吾妻レークラインを走ります。檜原湖・小野川湖・秋元湖の三つの湖が見えるという景勝道路(でいいんですよね?)。それを通過し、次に入ったのは母成グリーンライン。
さあ、分かった人!そうです、今回私がどうしても連れてってくれと頼み込んだのは、あの母成峠古戦場跡でした。以前、会津若松の幕末関連史跡巡り一人旅というのをやったことはあるのですが、母成峠は車がないと行けないので訪問かなわず。今回、ようやく訪れることが出来ました。
中ノ沢温泉側からグリーンラインに入り、あっという間に峠に到着。古戦場跡の碑の前に、その手前にある鬱蒼とした林の中へ。ここに、東軍殉難者埋葬地があります。

昭和53年までその場所は分からないままであったと言います。こんな山奥では見つからなかったというのも分かる気がします。冬は雪深く、夏でも鬱蒼と林に覆われているのですから。当時、東軍の戦死者の遺体を埋葬することどころか、動かすことさえ禁じられていました。上野の彰義隊といい、白虎隊の少年達といい、敗者に対する措置はなんと厳しいことだろうか、といつも思います。今現在、埋葬地の隣には慰霊碑が建ち、その裏には東軍側の戦死者の名前が刻まれています。会津藩38人、二本松藩6人、唐津藩6人、そして新選組6人。ささやかに手を合わせてきました。
そして、母成峠古戦場跡の碑へ。

東軍・西軍両方の名前が一つの碑に刻まれているのが、戊辰関係の碑にしては珍しいなと思います。見晴らしの良い展望台に堂々と建つ碑は、ここで戦いが確かにあったことを、そしてそれを忘れまいとしてくれている人たちがいることを教えてくれました。
さて、その後は会津若松市内へ。どこか行きたいところはないのかと言うので、白虎隊記念館へ連れて行ってもらいました。こちらは二回目。ついこの間、京都の霊山歴史館へ行きましたが、あちらが倒幕側の幕末なら、ここは佐幕側の幕末。もちろん、どちらにも幕末全般の史料があるのですが、私の中での印象はそんな感じ。前回と同じように大鳥圭介の書に貼り付いたのは言うまでもありません。(笑)
その後お昼ご飯を食べて、お土産を購入し、帰路につきました。今年の家族旅行も本当に楽しかったです。毎年ありがとう。
家族旅行から帰ってきました!
いやーもう、幕末ズキとしても大満足(だからカテゴリーがHistory)ですよ!お父さん、お母さんありがとう!
早朝に出発し、一日目は日光へ向かいました。
まず初めに鬼怒川ライン下り初体験。えっと・・・こういうの大好きです、私。(笑) 川の水量は少な目。この時期は水が非常に少なく、実施出来ない日もあるとか。というわけで、船の底がしばしば川床に当たっていましたが(汗)、とっても気持ちよかった!決してスピードがあるわけではないけれど、風が涼しくて。40分ほどの川下りを満喫。
川下り終了後、迎えのバス乗り場までの山道にて思わぬ出会い。林の中の立て看板に見慣れた名前が!

見えますか?以下7~9行目抜粋:
「ところが陣屋は戊辰戦争の為、大鳥圭介と土方新選組によって焼失される」
大鳥さんの名前が堂々と!(やってることはアレだが) そして、土方新選組って表記がものすごく微妙な気がするのは私だけですか!
その後、今市(に思わず反応したのは言うまでもない)へ一旦戻り、日光東照宮へ。小さい頃に一度来たことがあるようなのですが、その記憶が全くないため、初めてみたいなものでした。いやー、しかしなんとも煌びやか!さすが家康公だな、うん。ああ、家康公のお墓まで行きましたよ、もちろん。あの階段の長さに思わずロンドンのセント・ポール大聖堂を思い出しました。(懐) しかし、東照宮はちょっと金に走りすぎじゃないだろうか・・・拝殿の説明の最後にあからさまなお守りの宣伝とか、ガックリでした、正直。世界遺産なのに。
この日は東照宮のすぐそばにあるホテルに泊まりました。
ここでサプライズ。この日は私の21歳の誕生日だったのですが、宿のオーナーがお祝いをしてくれたのです。夕飯時に「Happy Birthday」のBGMが流れ、出てきたデザートのケーキには蝋燭。そして、誕生日プレゼントまで!こんな風にお祝いしてもらったことなんてなかったから、本当に嬉しかったです。ありがとうございました。
二日目以降はまた後ほど!
9月になってしまいましたね。京都から帰ってきてすぐ、東京から友人が遊びに来ていたりして、なんかバタバタしてたなぁ。京都旅行記も書きたい気はあるのに全然手つかずです。もうホントに濃かったんだって!ブログを初めて日が浅いので、私の歴史マニアック度は余りご理解頂けていないと思いますが、一般的に見てかなりのレベルかと自分でも思います、ええ。(・・・)
9月の終わりから日本の大学に復学(これ、私の場合は微妙にニュアンスが違うのですが)しますが、その科目登録が始まりました。第一弾はゼミのクラス。久々に英語で文章(志望理由とか)を書いて、ものすごく凹みました。やっぱり使い続けないとダメですね。すぐに忘れてしまう。ああ、このブログを始めた時に話したTOEICの結果もだいぶ前に返ってきました。自分の中で納得出来る結果だったので良し。9月は引っ越し等で忙しいので受験を断念しましたが、10月は受けたいなと思ってます。
明日から二泊三日で家族旅行に行ってきます。私の家では毎年恒例の行事。ちなみに去年は佐渡でした。今年は日光・会津若松の辺りです。私の趣味(つまりは幕末関係)にも多少配慮してくれた(笑)ようです。ありがとう。
そんな真月さんは、明日で21歳になります。