
【上田城趾にて】
週末にかけて、実家に戻っていました。まだ雪が降るほどではありませんが、やはり長野は身が引き締まるような寒さでした。今回の帰省の最大目的は松茸料理を食すことだったのですが(笑)、それに加えて相変わらずフラフラと遊んでしまったわけで。というわけで、ダラダラと覚え書き。
金曜は、上田周辺で戦国関連史跡巡り。そこら中に「風林火山」の文字がはためいています。(何度も言っていますが、私の出身地は今年の大河の舞台なわけで) 両親がいつの間にか山城巡りに目覚めていたので(・・・)、私も米山城に登ってきました。二人にとっては物足りない感じだったようですが、最近歩いてなかった私にとっては充分でした。(オイコラ)
下山して、次は長谷寺へ。上田といえば真田ですが、ここ長谷寺には真田幸隆夫妻と昌幸の墓所があります。寺紋もかの有名な六文銭。参道にある石造りのアーチにもきちんと六文銭が刻まれていました。真田公墓所は境内奥。苔に覆われた静かな場所で、とても穏やかな空気でした。
お次は真田氏本城跡へ。こっちは車で上まで行けます(笑)。遠くに連なる山々の霞み具合がまるで絵のように綺麗でした。麓にある真田氏歴史館にも立ち寄ってみました。まだまだ新しいのでしょうね、展示の仕方も見やすかったです。
最後に向かうは上田城趾。敷地内にある上田市立博物館で、企画展「秀吉と真田」(既に終了しています)を見るためです。中にはいると結構な人出。メディアの効果って凄いんだな・・・(しみじみ) 書簡や武具、果ては屏風まで。書簡の充実度が半端じゃなかった。私は戦国はさっぱりなのですが、それでも見知った名前ばかり。量もかなりありました。戦国時代の書簡ってこんなに残ってるもんなの?そしてその大半が真田宝物館蔵になっていたことに更に驚きました。ただの地方の寂しい博物館じゃなかったんだねっ・・・!(失礼極まりない)
入場料がもったいないので常設展も見てきました。目に飛び込んだ「赤報隊」の文字に思わず奇声を発したのは私です・・・あはー、まさか上田で!下諏訪ならともかく上田で!(しつこい) 信濃における幕末を追った時、おそらく第一に名前が出てくるのが赤報隊だと思います(次点で和田嶺合戦かなあ)。上田出身の赤報隊士、丸山徳五郎に関する展示でした。あーもう、吃驚した・・・
上田城は紅葉がピーク(紅葉祭開催中でしたよ)で、とても綺麗でした。東京にいるとどうしても季節感に乏しくなってしまうので、色づいた木々の共演には思わず感動しました。今年は紅葉が楽しめて良かった!
上田城を後にして、夕食(=松茸料理)に向かいました。途中、時間つぶしに前山寺に寄ります。山門の向こうに黄色く染まったイチョウがまるで滝のように見える風景があったのですが、それにまたもや感動。紅葉ってこんなに綺麗だったんだなと、改めて思いました。
松茸料理は本当に美味しかったです。中でも焼き松茸は絶品。ただ炙るだけなのになんであんなに美味しいんだろうね・・・連れていってくれた両親に感謝です。
翌日土曜日は松代へ。久しぶりに象山記念館に行きたかったの(小声)。
その前に、更埴にある長野県立歴史館へ。現在、企画展「武田・上杉・信濃武士」をやっています。とにかく、戦国好きの方には今の長野県は非常に楽しいと思います。そこら中で企画展やってますし、史跡案内板も充実しています。迷いません。長野市も上田市も千曲市も、どこの自治体も超頑張ってます!(笑) で、この企画展の前期展示が今週末までなので、父親と二人で見に行きました。(というか私は完全にお供ですが・・・) 信濃武士にスポットを当てているので、どちらかというと上杉寄りの展示でした。上杉が米沢へ以封されたことにより、信濃からも米沢に移った武士が非常にたくさんいたわけです。ここも資料が半端じゃなかったわ・・・後期展示では国宝も登場するらしく、更に期待大。
常設展も一応見てきましたが、ここ数年大きな変化はないと思います。ただあの・・赤報隊関連の展示(っていってもレプリカの旗と大砲が二点あるだけなので資料性はほぼゼロですけど)って昔からあったのかなぁ・・・小さい頃だったので私が見てなかっただけなのかな。
お昼は歴史館のカフェでほうとうと干飯を頂きました。戦国ブームに乗っかってみました。干飯とかネタだよね、もう。(笑) 売店には戦国関係のグッズが溢れる中、研究紀要に西南戦争関連記事を見つけだし、更にその中に山川と山田の名前を見つけて喜んでみたりしました。(相変わらず)
さて、ようやく松代へ・・・と思いましたが、途中妻女山へ寄り道。ここは初めてでした。名前はイヤというほど耳慣れしていますが、実際に足を踏み入れたことはなかったのです。頂上の展望台に「龍」と「毘」の文字がはためいているのが下からでも見えます。ここで位置関係を把握しながら眼下を見下ろすと、思いの外リアルでした。視界が開けているのを実感。今でも高い建物が少なく、地形も川の流れが若干変わっている程度でしょうから、当時に思いを馳せやすいです。案外長野盆地は広い。
ようやく松代到着、まずは真田宝物館へ。
私はこんなに多くの人がいるのを見たことがありませんでした。(真顔)
メディアの効果って凄いんだね・・・(二回目)
前日上田で真田宝物館蔵の資料をたくさん見たのでほぼ出張状態かと思っていたのですが、見事に予想は裏切られ、ショーケースの中には貴重な資料たちが鎮座しておられました。どれだけ持ってるんだろう、ここ。(余程衝撃だったようです、真月さん) 皆様(年輩の方が多かったですね、やっぱり)じっくりと鑑賞なさっていました。幕末関連で言えば、私は幸貫自筆の絵が印象深かったです。可愛い絵でした。(笑)
歩いて文武学校にも行きました。えー、文武学校にも人が溢れてるんだけど!なんで?(若干混乱している) そんな中、解説放送の中に武田斐三郎の名前が聞こえて挙動不審になりました。文武学校に関わってるなんて知らなかったんですけど!これは調べなくては。(・・・)
そんなこんなでようやく象山記念館へ。
・・・誰もいねぇ!(苦笑)先程までの賑わいが嘘のように館内はひっそりとしていました。真田ついでに象山も、とはならないようですね、やっぱり。久々に行きましたが、ここも展示物が変わらないなぁ。象山の思想家としての姿だけでなく、発明家としての姿にもスポットを当てているのが特徴かと。忘れがちなのですが、この人電信とか写真とかやってますもんね。そして改めて思いました、象山先生は書がとてもお上手だと。顔真卿の書風を真似ていたとか。また書簡の字を見ていると、神経質な人だったに違いないと思わせられます。(笑)
最後に旧横田家住宅を見て、象山神社にお参りをして、松代巡りは終了しました。久々の松代もとても気持ちが良かったです。
えー、歴史ネタがごっちゃり(時代も場所も)した旅行記になりましたね。(汗)
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